いかにも大ちゃんらしい
いかにも大ちゃんらしい記事がでましたね。PUMAのイベントの記事がなぜ今頃出ているのか、頭のネジが50本くらい抜けている私には、トンと分かりやせんが、とにかく、コメントがいかにも大ちゃんらしい。
高橋大輔が語る引退・復帰後も「昔からずっと変わっていない」一番大切にしていることとは?(REAL SPORTS)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191101-00010001-realspo-spo
「タイムで競うわけじゃないから、常に可能性がある。だから離れにくい」という高橋(写真提供=PUMA JAPAN)(一部抜粋)
「競技は自分の限界に挑戦するもの」という高橋だが、コンペティティブなフィギュアスケートではジャッジが存在し、表現も点数化される。冬季オリンピックのスノーボード、夏季オリンピックの新種目、スケートボードなど、採点競技でありながら選手自ら自分の表現を大切にすると公言する競技もあるが、その点、高橋は自身の表現が数値化されることについてはどう考えているのだろう。
「表現って点数つけづらいと思うんです。最終的には好みになってくる部分もあると思うので……。でも、ジャッジする人の方が大変ですよね。僕たちはとりあえずやればいいんですけど、ジャッジする方々は評価しなければいけないわけですから。逆の立場で僕がジャッジしろと言われても絶対できないですから。ただ、そこをやらなければいけないわけだからジャッジの方々は本当に大変なんだろうなと」
表現を採点される窮屈さのようなものはないのだろうか? ジャッジの大変さに目が行くところはいかにも高橋らしいが、表現が評価されるところにフィギュアスケートならではの魅力があるという。
「評価する方もされる方も大変なんですけど、ただやはりその分、表現が要素にあるスポーツは、はっきりとダメだってならないじゃないですか? 陸上競技みたいにタイムで競うわけじゃないから、常に可能性がある。だから離れにくいんじゃないですかね?(笑)」
大ちゃんという人は、なんとしなやかで清らかで強い人なのでしょうか。
私はずっと、今のフィギュアのジャンプ至上主義を嘆いてきましたが、やっぱり大ちゃんの目線は私とは角度が違っておりました。
自分自身は選手でありながら、ジャッジの目線を持ち、
表現を採点する曖昧さを、だからこそ可能性がゼロとならないのだとプラスにも捉える事ができている。
今季、大ちゃんがシングルの選手として滑る試合は、全日本選手権が最初で最後の貴重な、本当に貴重な1試合となる訳ですね。
神様。
最後の1試合をどうか御守りください。
泣いても笑っても、1試合のみ。
大ちゃんのベストな状態での演技ができますように。
えみりん🎵